
伊藤 肇
【Webly編集部】執行役員 兼 シニアコンサルタント
2000年からデジタルマーケティング業界で、大手企業のウェブマーケティングを支援。Googleアナリティクスが生まれる前、2002年にサーバーの生ログを集計して「アクセスログ解析」をレポート。2006年にサイバーエージェント、アルベルト(現アクセンチュア併合)を含め業界をリードする各社を招待して「コンバージョンアップサミット」を主催。以降、800プロジェクトのサイトユーザビリティ改善に携わる。
2025年11月5日REAL VALUE(リアルバリュー)にプレゼンターとして出演。堀江貴文氏のYouTube ホリエモンチャンネルにて公開中。
はじめに:その不満、御社だけではありません
ECカートシステムのベンダーに対して、こんな不満を感じたことはないでしょうか。
「要望を出しても、なかなか動いてくれない」「担当者が代わって、これまでの経緯がまったく伝わっていない」「保守費用を払っているのに、実質的には放置されている」——。
私はECおよびWebマーケティングのコンサルタントとして25年以上、さまざまな業種・規模の企業を支援してきました。その中で、カートベンダーへの不満は、特定の1社に限った話ではなく、複数のベンダーにまたがって、ほぼ同じ構造の不満が繰り返されていることに気づきました。上場企業のカートシステム提供会社であっても、です。
この記事は、「あのベンダーはダメだ」「このベンダーに乗り換えよう」という話ではありません。なぜどのベンダーを選んでも同じような不満が出るのか、その構造的な原因を理解した上で、賢く選び、賢く付き合うための視点をお伝えするものです。
1. なぜどのカートベンダーでも同じ不満が出るのか
以降では、まずカートベンダーへの不満がなぜ複数社で共通して起こるのかを整理します。個別の対応品質だけでなく、ベンダー側の収益構造に目を向けることで、問題の見え方が変わってきます。
初期構築偏重モデルの構造問題
ECカートベンダーの多くは、「初期構築費(数百万〜数千万円)+ 月額保守/ライセンス費」という収益モデルで事業を運営しています。この構造自体はSI業界全般に共通するものですが、ECカート業界では、この構造がサービス品質に対して特に深刻な影響を及ぼしています。
理由はいたってシンプルです。
初期構築で大きな売上が立つモデルでは、組織のリソースと関心が自然と「新規案件の獲得」に集中するからです。
具体的には、以下のようなサイクルが発生します。
ここで重要なのは、このサイクルは個々の担当者の意欲や能力の問題ではなく、ビジネスモデルの構造が生み出しているという点です。どれだけ誠実な担当者がいても、組織のリソース配分が新規偏重である以上、運用フェーズの対応品質には構造的な上限がかかります。
さらに、上場しているカートベンダーの場合、四半期ごとの売上成長を市場から求められるため、この「新規偏重」の圧力はより強くなります。開発リソースの多くが新機能開発(=営業ツールとしての差別化要素)に投下され、既存顧客の改善要望は後回しにされがちです。
私がコンサルティングの現場で見てきた限り、この構造は特定のベンダーだけの話ではなく、ECカート業界に広く共通する傾向です。
もし、カート契約前に本記事を見たかった・・という方がいましたら、利用されているカートの制限内でできる改善もありますのでご相談ください。忖度無しの第三者目線で忌憚なくアドバイスいたします。
2. なぜカートを乗り換えても解決しないのか
第1章では、既存顧客対応が後回しになりやすい背景を確認しました。次に見ておきたいのは、そうした不満があっても簡単にはベンダーを変えられない理由です。
ロックイン構造の正体
「今のベンダーがダメなら、別のベンダーに乗り換えればいい」——。そう考えるのは自然なことです。しかし現実には、乗り換えは想像以上にハードルが高く、かつ乗り換え先でも同じ構造問題に直面するケースが少なくありません。
乗り換えの「見えないコスト」
ECカートシステムの乗り換えには、新しいカートのライセンス費や構築費だけでなく、以下のようなコストが発生します。
データ移行コスト
顧客データ、注文履歴、商品マスタ、レビューデータなど、長年蓄積してきたデータの移行は技術的にも工数的にも大きな負担になります。特にカスタマイズを重ねてきたサイトほど、データ構造が独自化しており、移行の難易度が上がります。
カスタマイズ部分の再構築コスト
現行カートに合わせて作り込んだカスタマイズ機能は、乗り換え先のカートでは一から作り直す必要があります。場合によっては、実現不可能な機能もあります。
社内オペレーションの再設計コスト
受注処理、在庫連携、物流連携、経理処理など、カートシステムを起点とした社内の業務フローすべてを見直す必要があります。このコストは見積もりに出てこないことが多く、後から想定外の負担として顕在化します。
売上への影響リスク
移行期間中のサイトダウンタイム、SEO評価の一時的な低下、リピーターの離脱など、移行に伴う売上へのマイナス影響も無視できません。
本質的な問題:乗り換え先も同じビジネスモデル
そして最も重要な点は、乗り換え先のベンダーも基本的に同じ「初期構築偏重モデル」で事業を運営しているということです。乗り換え直後は「新規顧客」として手厚い対応を受けられるかもしれませんが、構築が完了して運用フェーズに入れば、同じ構造的な問題が再び顕在化する可能性が高いのです。
つまり、ベンダーを変えるだけでは根本的な解決にはならない。構造を理解した上で「選び方」と「付き合い方」の両方を変える必要がある——これがこの記事の核心です。
3. なぜ日本のEC市場だけこの構造が残り続けるのか
乗り換えの難しさは、個社ごとの事情だけでなく、日本のEC市場全体の構造とも関係しています。ここでは、海外市場との違いを踏まえながら、日本でこの問題が残りやすい背景を整理します。
ガラパゴス化の背景
ここまで読んで、「海外のECプラットフォームはどうなのか」と疑問に思われた方もいるかもしれません。実は、英語圏ではこの構造問題は日本ほど深刻ではありません。その背景を理解することは、日本のEC事業者にとって重要な示唆を含んでいます。
英語圏:事業会社フレンドリーなプラットフォームの普及
英語圏では、Shopifyに代表されるような「事業会社が自分でコントロールできる」汎用プラットフォームが広く普及しています。これらのプラットフォームは月額数万円から利用でき、豊富なアプリ(プラグイン)のエコシステムによって、特定のベンダーに依存せずに機能拡張ができます。
結果として、ベンダー側に過度な交渉力が集中しにくい市場構造が成立しています。事業会社が気に入らなければ、比較的低コストで別のプラットフォームに移行できるため、ベンダー側には常にサービス品質を維持・向上させるインセンティブが働くのです。
日本市場:なぜ国産カートが「温存」されるのか
一方、日本のEC市場では、国産のカートシステムが依然として大きなシェアを持っています。その理由は、大きく2つあります。
第一に、日本語という言語の壁。管理画面、サポート体制、ドキュメントのすべてが日本語で完結することへの需要は根強く、グローバルプラットフォームの日本語対応が進んできたとはいえ、特に大企業では「日本語ネイティブの対応」が選定条件に含まれることが多いのが現実です。
第二に、日本独自の商習慣への対応。コンビニ決済、代引き、NP後払い、ポイント制度、各種モール連携、日本の物流サービスとの連携など、日本固有の商取引慣行に最適化された機能群は、国産カートの強みであり、同時にスイッチングコストの壁にもなっています。
ただし、ここで誤解していただきたくないのは、「だから海外プラットフォームに乗り換えるべきだ」という単純な結論ではないということです。日本の商習慣に対応する必要がある以上、国産カートにも明確な存在意義があります。問題の本質は、競争が十分に機能していないことで、サービス品質の改善圧力がベンダー側に働きにくい構造にあります。
だからこそ、事業会社側が構造を理解し、「賢い選び方」と「賢い付き合い方」の両方を身につけることが重要なのです。
4. 構造を理解した上での「賢い選定基準」を磨く
ここまでの内容を踏まえると、ベンダー選定では「機能が多いか」「営業担当者の印象が良いか」だけでは判断できません。以降では、構造的なリスクを見抜くための具体的な確認項目を整理します。
10項目チェックリスト
ここからは、前章までの構造理解を踏まえた上で、ECカートベンダーを選定する際に確認すべき具体的なチェック項目をご紹介します。
選定の大前提として覚えておいていただきたいこと
「営業が優秀な会社は、サービスではなく営業にコストを払っていると思え。」
25年の現場経験から、これは繰り返しお伝えしていることです。プレゼンが上手で、提案資料が美しく、営業担当者の印象が良い——それは営業力に投資している証拠であり、運用フェーズのサービス品質とは別の話です。選定時には、この営業力のバイアスを意識的に排除する必要があります。
チェックリストを見る前に、選定時に最も注意したい前提を確認しておきます。商談時の印象と、運用開始後の対応品質は切り分けて評価する必要があります。
商談フェーズで見抜く――ベンダーの“素顔”を見る
まずは、商談の場でベンダーの実態を見極めるための項目です。提案資料の完成度だけでなく、誰が話しているのか、どこまで具体的に答えられるのかを確認することが重要です。
チェック① 商談の場で、営業担当者ではなく実務担当者・運用担当者が話している比率は高いか
商談に来るのが営業担当者ばかりで、実際にプロジェクトを動かすPMやエンジニアが同席しない場合は注意が必要です。契約後に「聞いていた話と違う」が起きやすい構造です。実務担当者が商談の場で自分の言葉で語れる会社は、現場の実力に自信がある証拠です。
チェック② プレゼンの巧さ・資料の見栄え・営業の印象を意識的に排除し、実質部分だけで評価できているか
選定会議でありがちなのが「あの会社のプレゼンが一番良かった」という評価です。しかしプレゼンの巧さはサービスの品質とは相関しません。提案内容を文書に落として、プレゼンの印象を排除した状態で比較検討することを強く推奨します。
チェック③ 「初期構築費用 vs 運用費用(固定)vs 追加制作・開発費用」の概算比率を確認したか
ベンダーに対して「御社における初期構築費用、運用費用、追加開発費用のだいたいの比率を教えてください」と質問してみてください。この質問への回答から、そのベンダーの収益構造が見えてきます。初期構築の比率が圧倒的に高い場合、運用フェーズでのリソース配分が薄くなるリスクを、自社のコストとして見積もっておく必要があります。
チェック④ 運用フェーズの担当者アサイン方針を確認したか
構築チームと運用チームは同一か、別か。別の場合、引き継ぎプロセスはどうなっているか。構築フェーズで関係性を築いた担当者が、運用フェーズで突然いなくなるケースは非常に多く、これが不満の大きな原因になっています。
チェック ⑤ 運用チームの正社員比率を確認したか
運用対応が外注や派遣スタッフに依存している場合、対応品質にばらつきが出やすく、ノウハウの蓄積も期待しにくい構造です。「運用フェーズの対応は社内のどのような体制で行っていますか」という質問は、必ず投げかけてください。
契約条件で見抜く――ロックインの深さを測る
商談時の印象だけでは、契約後にどれだけ自由度を持てるかまでは判断できません。次に、契約条件からロックインの深さや、将来的な離脱のしやすさを確認していきます。
チェック ⑥ 対応SLAが契約書に具体的な数値で明記されているか
「迅速に対応します」「誠意を持って対応します」といった曖昧な表現ではなく、障害時の初動対応は何時間以内か、改善要望への回答期限はどの程度か、といった具体的な数値がSLA(サービスレベルアグリーメント)として契約に明記されているかを確認してください。明記されていないものは約束されていないのと同じです。
チェック ⑦ 契約期間と解約条件を確認したか
長期の契約縛りがある場合、サービス品質が低下しても簡単には離脱できません。違約金の有無、中途解約の条件、契約更新の手続きなど、「出口」に関する条件は必ず確認してください。
チェック ⑧ データのポータビリティを確認したか
顧客データ、注文データ、商品データなど、自社のデータがどのような形式で書き出せるのかを確認してください。「データはお預かりしているだけです」と言いながら、実際にはエクスポート機能が制限されているケースがあります。データは御社のものです。いつでも持ち出せる状態であることを確認してください。
技術構造で見抜く――将来の自由度を確保する
最後に、将来的な拡張性やベンダー依存度に関わる技術面を確認します。契約時点では問題が見えにくい部分ですが、外部ツール連携やUI改善の自由度に直結するため、中長期のEC運用では重要な判断材料になります。
チェック⑨ APIの開放度を確認したか
外部ツール(MA、CRM、BI、物流システムなど)との連携がどこまで自由にできるかは、将来の拡張性を左右する重要な要素です。APIが閉じているシステムほどベンダー依存度が高くなり、ロックインが深くなります。
チェック ⑩ ヘッドレス/API-first対応の姿勢があるか
将来的にフロントエンド(お客様が触れるサイトの見た目や体験)を自社でコントロールできる構造になっているかどうか。フロントとバックエンドが密結合しているシステムでは、UIの変更ひとつにもベンダーの工数がかかり、スピードとコストの両面で制約を受けます。ヘッドレスコマースやAPI-firstの方向に対応しているかどうかは、中長期的な視点で必ず確認しておくべきポイントです。
5. ベンダーとの「付き合い方」を設計する
適切なベンダーを選定できたとしても、それで終わりではありません。第1章で述べた構造問題は、選定後も継続的にリスクとして存在し続けます。ここでは、選定後にベンダーとの関係をマネジメントし、構造的なリスクを軽減するための3つの視点をご紹介します。
視点1:ベンダー依存度を意識的に下げる
すべてをベンダーに任せきりにするのではなく、自社でコントロールできる領域を意識的に広げることが重要です。たとえば、フロントエンドのデザイン変更やコンテンツ更新を自社で行える体制を構築する、外部ツールとの連携をAPI経由で自社側から管理するなど、ベンダーに依存しない領域を増やすことで交渉力を維持できます。
視点2:社内にEC運用のナレッジを蓄積する
ベンダーの担当者が交代しても影響を最小限に抑えるためには、自社側にもEC運用の知見を持ったメンバーが必要です。ベンダーに丸投げせず、自社メンバーが要件定義や仕様策定に関与することで、仮にベンダーを変更することになった場合にも、スムーズな移行が可能になります。
視点3:定期的なベンダー評価の仕組みを持つ
半年に一度など、定期的にベンダーの対応品質を評価する仕組みを社内に持つことを推奨します。対応速度、要望の実現率、コミュニケーションの質、コストパフォーマンスなど、定量的な指標で評価し、ベンダーにもフィードバックすることで、緊張感のある健全な関係を維持できます。
これら3つの視点に共通するのは、「ベンダーとの関係を、受動的な発注者と受託者の関係から、対等なパートナーシップに変える」ということです。構造問題を理解した上で主体的に関係をマネジメントすることが、結果的に最もコストパフォーマンスの高いEC運営につながります。
さいごに
この記事では、ECカートベンダーの対応品質に不満が出る構造的な理由と、その構造を踏まえた選定基準、そして選定後の付き合い方について解説しました。
繰り返しますが、問題の本質は特定のベンダーにあるのではなく、業界のビジネスモデルの構造にあります。その構造を理解せずにベンダーを変えても、同じ不満が繰り返される可能性が高い。だからこそ、構造を理解した上で賢く選び、賢く付き合う視点が重要なのです。
「どのカートベンダーを選べばいいのかわからない」「現在のベンダーとの関係に課題を感じている」「リプレイスを検討しているが失敗したくない」——。
ECマーケティング株式会社は、25年以上にわたりEC・Webマーケティングの現場に立ち続けてきたコンサルティング会社です。特定のカートベンダーに紐づかないニュートラルな立場から、御社の事業特性に最適なベンダー選定をサポートします。
また、EC構築・リプレイスプロジェクトにおいては、要件定義から運用設計まで、御社に寄り添った伴走型の支援を行います。構造を理解したプロフェッショナルが、御社のEC事業の成功を一緒に目指します。まずはお気軽にご相談ください。

